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エアドロップゲーム:ブロックチェーンシステム立ち上げのためのトークノミクス理論に向けて

2025年 6月 26日 IO Research 9 分で読めます

エアドロップゲーム:ブロックチェーンシステム立ち上げのためのトークノミクス理論に向けて

ブロックチェーンシステムの成功には、チームワーク、協力、そして共同での貢献が不可欠だ。「公共財ゲーム」の概念は、ゲーム理論研究で詳しく説明されてきた。では、これをブロックチェーントークノミクスの理解に応用できるだろうか。

ブロックチェーンのユニークさは、世界中に分散した非常に多数の参加者が、直接のコミュニケーションや明確な中央リーダーシップなしに関与していることだ。このような状況下で、これらのプレイヤーが、ゲーム理論的な意味合いにおいて、ブロックチェーンコミュニティの共通の利益に貢献1するよう促されるのはなぜか。そして、インセンティブはどのようにすれば最適かつ公平に設計できるのか。これらの問いは喫緊の課題だ。というのも、ブロックチェーン業界では参加を促すためにトークンを配布する手法が広く用いられているからだ。その例として、最近発表されたMidnightトークノミクスの立ち上げが挙げられる。

漠然とした理由(分散型システムの価値に対する一般的な信念など)はさておき、貢献者となる可能性のある人々には2つの財政的な動機がある。トークンが将来的に価値を持つことへの期待と、システムから近い将来に分配される報酬を売却または取引してコストを相殺できるという希望だ。

8月に第34回国際AI合同会議で発表予定の最近の論文では、こうした「エアドロップ」報酬が、一般的だが扱いやすいモデルにおいて協力行動にどう影響するかを研究している。以下がその研究内容だ。

  1. 均衡の質、すなわちシステムの定常状態が何によって影響を受けるか、それがいかに到達しやすいか、そして一度到達した際の安定性
  2. システム設計者にとってのトレードオフ
  3. トークンの割り当てと分配の問題、すなわち、誰がどれだけのトークンを受け取るべきかの議論

エアドロップをゲームとしてモデル化

この研究の中心にあるのは、ユーザーがトークンを受け取った後、ブロックチェーンシステムに参加するかどうか、そしてシステムにどれだけ貢献するかを決定するゲーム理論モデルだ。彼らの決定は参加のコストと利益に依存し、さらに他の参加者がどれだけ参加するか(そしてどれだけ貢献するか)に左右される。この相互依存性は、「テクノロジー関数」によって捉えられる。この関数は、集合的な参加とシステム価値、つまりエアドロップで受け取ったトークンの最終的な価値を結びつけるものだ。

設計者の課題は、受取者とエアドロップに割り当てるトークンの量の両方を、十分なユーザーが参加してシステムが繁栄するような「良い均衡」へと導くように選択することだ。

簡単な例を使ってモデルを説明してみよう。あるプロジェクトが成功するには、トークン受取者の少なくとも50%からの貢献が必要とする。その総数はn=10となる。このしきい値が満たされれば、システムは正しく機能し、トークン価値は上がり、例えば10ドルになるとする。逆に、しきい値に達しなければ、システムは失敗し、トークンの価値は0ドルに落ちる。

各参加者に1トークンを付与するエアドロップがあり、貢献コストがα=1ドルである場合、2つの均衡が現れる。(i) 誰も貢献しない。これは、個人の貢献だけではトークンの価値は上がらず、1ドルのコストがかかるためだ。(ii) ちょうど5人のプレイヤーが貢献する。この均衡がどのように機能するかを理解するためには、次のように考える。もし貢献している5人のうち誰か1人でも貢献しないことにした場合、トークンの価値は10ドルからゼロに下落する(純利益が10-1=9ドルからゼロに変化)。また、貢献していない5人のプレイヤーも貢献するインセンティブがない。すでになんのコストもかけずに高い価値を享受しているからだ。後者の均衡が望ましいのは明らかだ。ただし、より高いコストの場合でもその存在が保証されるのは、設計者がエアドロップを適切に設定した場合に限られる(例えば、貢献コストがα=20ドルの場合、同じトークン価格を維持するには、1人あたり少なくとも2トークンのエアドロップが必要となる)。

私たちのアプローチでは、様々なテクノロジー関数を考慮できる。私たちは、プロジェクトの性質や、貢献がどのようにプロジェクト価値に変換されるかという正確な方法が、貢献、そして最終的な成功にどう影響するかを調査している。例えば、この分析はネットワーク効果を捉えることができる。すなわち、ある貢献者の存在によって、他の潜在的な貢献者がシステムから得られる期待収益が高められる場合だ。

方法論と主な結果

私たちの研究は、チームプロジェクトに関するゲーム理論およびコンピューターサイエンスの先行研究に基づいている。しかし、プレイヤーが最善と予想される単一の戦略を確信をもって選ぶのではなく、さまざまな戦略を試行錯誤することを許容することで、古典的なゲーム理論分析を洗練させている。具体的には、確率的なルールを用いて、各プレイヤーに特定の戦略(例えば、貢献するかしないか)をとる確率を割り当てている。これは、経験的な応用において、古典的なナッシュ均衡分析の背後にある決定論的なルールよりも、行動を説明するのに適していることが示されている。ここで用いる「ロジットルール」は、期待される利益が高い戦略により高い確率を割り当てるが、同時に類似した利益を持つ戦略が類似した頻度で選択されるという事実にも配慮する。

直感的に言えば、ロジット応答と呼ばれるこの確率的なアプローチは、特に複数の均衡が共存する場合に、より多様な行動を捉えることで純粋ナッシュ均衡を洗練させる。これにより、理論的にどのような結果が可能であるかだけでなく、それらの結果の「起こりやすさ」についても推論できるようになる。前述の例のように、エンゲージメントの低い均衡と高い均衡が両方存在するシナリオでは、十分に大きなトークン割り当てを行うことで、望ましくない結果(誰も貢献しない状態)が非常に起こりにくくなる。このように、ロジットモデルは、設計者が望ましいシステム状態へと確率の重みをシフトさせる方法を理解するのに役立つ。

重要な発見は、システムを妥当な時間内に望ましい状態に収束させるような、適切な貢献コストの重要性をモデルが浮き彫りにする場合もあるということだ。これは、そのようなケースでは一種の雪だるま効果があることを意味する。低いコストであれば、一部のプレイヤーからの十分な初期貢献が可能になり、それが他のプレイヤーの期待収益を高め、そのプレイヤーが高い確率で貢献し、さらにそれが他のプレイヤーの期待収益を高めるといった連鎖が続く。もちろん、この結果は、コストが異なる、つまりすべてのプレイヤーが同じコストを負担するわけではない場合に特に重要だ。

洞察と戦略的手段

エアドロップされるトークンの量を増やすことは、均衡の質の向上に役立つ一方で、これだけでは不十分な場合がある。この論文の中心的な洞察の1つは、仮に全体的な報酬が大きなものであったとしても、「参加コストが高いと、ユーザーが有益な均衡へと協調するのを妨げる可能性がある」というものだ。このような場合、ユーザーは他人も参加しないだろうという予想だけで参加を見合わせ、結果として低いエンゲージメントという自己成就的な結果につながることがある。これに対し、設計者には2つの対抗手段がある。すでにその技術に精通しているユーザーなど、「元々コストが低いユーザーをターゲットにする」こと、または、(ツールの簡素化や既存エコシステムとの統合などによって)より広範な参加のために障壁を減らすことだ。例えば、既存のブロックチェーンで活動している現在のバリデーターが、新しいブロックチェーンの立ち上げをシームレスにサポートできるようにすることなどが挙げられる。

今後の展望

私たちの研究は、ブロックチェーンシステム立ち上げ時のトークノミクスにおける理論的基礎を構築するための第一歩だ。これは、ブロックチェーン分野で広く見られる実践でありながら、科学的な観点からはまだ十分に理解されていない。さらなる研究に関心のある者には、探求すべき重要な問いが数多く残されている。例えば、テクノロジー関数の空間を完全に特徴づけ、それを現実世界の行動や操作にマッピングすること、モデルに外部からのショックを導入すること、複数のシステム間での相互作用や複数の立ち上げに同時に参加する参加者を考慮すること、そして時系列の形で複数の立ち上げをカスケードすることなどだ。私たちは、最近公開されたMidnightのトークノミクスに関するホワイトペーパーで提唱された斬新な機能を含め、これらの問いについて継続的に研究に取り組んでいる。ブロックチェーンコミュニティの他のメンバーも加わり、ブロックチェーンシステムのトークノミクスとトークンポリシーの完全な理論を共に発展させることを楽しみにしている。


1 貢献(contributions)とは、個人の取り組み、コーディング、バグレポート、システムメンテナンスなど多岐に渡る。

執筆協力:Sotiris Georganas、Aggelos Kiayias、Paolo Penna